それはその人の選択であり自由byアシュタール

目安時間:約 11分

「アシュタールのメッセージ」のコーナーです。
このコーナーでは、破・常識 あつしの歴史ドラマ ブログ!より、アシュタールのメッセージを転載し紹介していきます。

今回は、「それはその人の選択であり自由byアシュタール」をピックアップします。

★☆★☆★以下転載★☆★☆★



「 こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

同情は優しさではありません。

あなた達は、同情すること(その人のに寄り添い、

同じ悲しみや苦しさなどを共有し、その人を慰めること)が

優しさだと教育されています。

可哀そうに、苦しいでしょ、そんな人をほっとく事は出来ません、

助けてあげましょう・・それが優しい人のすることです

・・と思ってませんか?

それは、優しさではないのです。

この話は、あなた達にはとても難しいことだと思います。

理解しにくい話だということは、私も知っています。

でも、とても大切なことですので敢えてお話しさせていただきます。

困った人に手を差し伸べるのはとても素晴らしいことだと思います。

しかし、手の差し伸べ方が重要なのです。

ただ助ければいい・・ということではないのです。

同情から手を差し伸べてしまうと、その人は依存してしまいます。

同情から、可哀そうですね、苦しいでしょう・・と言ってしまうと、

その人は自分を被害者の立場にしてしまうのです。

そうなると、その同情は傲慢という言葉に変わります。

言っている意味が伝わっていますでしょうか?


例えば、お腹がすいた人にご飯を差し上げます。

それはとても素晴らしいことだと思います。

でも、それをずっと続ける覚悟はありますか?

一時的にご飯を差し上げることは出来ます。

でも、ご飯を差し上げることで

もらった人はまたもらいたいと思います。

また欲しいと思うのは、依存です。

黙ってお腹を空かしていれば、また誰かがご飯を持ってきてくれる

・・と思ってしまい、誰かに依存しなければ

生きていけなくなってしまいます。

ずっと、その人にご飯を上げるという覚悟のもとでそれをするなら

まだいいと思います。

でも、一時的に見ていて可哀そうだという気持ちで

ご飯を持って行ってあげるとその人は依存してしまい

自分でご飯を手に入れようとする気持ちがなくなってしまうのです。

手を差し伸べることで、自立が出来なくなってしまうのです。

ご飯がない人に、ご飯を持っていかないでください。

ご飯がない人には、ご飯を手に入れる方法を教えてあげてください。

その人の人生が終わるまで

ずっとご飯を持っていく覚悟がないのならば、

中途半端にご飯を持っていくことはマイナスにしかならないのです。


宿題をためてしまって、泣きながらそれをしている子どもを

見ているのが可哀そうだからといって

代わりにその宿題をしてあげるのと同じです。

子どもは、自分で宿題をしなければいけない・・

という基本的なことを忘れてしまい、泣けばまた誰かが

代わりにやってくれる・・ということを学んでしまいます。

自分で自分のことはする・・という自立心が萎えてしまいます。


例えば、病気の人に、辛いですね、気の毒ですね、

痛いでしょう・・よくわかりますよ。

という同情の言葉を言ったとします。

そうするとその病人は、自分が病人で

かわいそうな立場だと思ってしまうのです。

自分ではどうにもならない現状にいる

被害者的な存在だと思ってしまうのです。

分かりますか?

そして、自分の中からエネルギーが湧いてこなくなりますので

もっと同情のエネルギーを欲しいと思うようになるのです。

被害者という立場のエネルギーバンパイアに

なってしまうということです。誰かからの同情のエネルギーが

その人のエネルギー源になりますので

病気を治すという考えがなくなってしまい、

いつまでも病気の現実を創り続けることになります。

私はかわいそうな病人なので、もっと関心を持って、

もっと同情してください・・とアピールをはじめることになります。

もっとエネルギーをください・・という

エネルギーバンパイアになってしまうのです。

病気の人に同情しないでください。

可哀そう、苦しいでしょ、わかりますよ・・という言葉ではなく、

治ったら一緒にハイキングに行きませんか?

・・と声をかけてください。(ハイキングは例えですよ・・

その人が好きなことで声をかけてくださいね)

病気が治ったらこんなことがしたい、あんなこともしたい

・・と思うような言葉をかけてください。

思考が先、現実があと・・早く病気を治したいと思う思考が

病気を治すには一番なのです。

同情することで、被害者の立場にしないでください。

病気だけじゃないことはわかりますね。

あらゆる困難な状況にいる人たちにも同じことが言えます。


そしてこれはもっと理解しにくい考え方だと思いますが・・

その状況を創っているのはその人だということを

忘れないでください。思考が先、現実があと・・

その人の思考が、その人の現実を創っているのです。

もしあなたから見て、その人の現実がひどく大変なものであっても

それはその人が自分で選んで創っている現実なのです。

あなたには関係ないことなのです。

その人が本心からその現実をイヤだと思うのであれば、

自分で現実を変えます。そこにいるというのは、

その人が自分にとって必要だと思うからいるのです。

マインドでは分からなくても、その人にとって何かの理由、

必然があるから、その現実を創り、その現実の中にいるのです。

それを可哀そう、大変だからという自分の価値観や常識などで

自分のような現実を創りなさい・・

というのはとても傲慢な考え方です。

もし、心の底からその人にあなたの思う幸せになってもらいたいと

思うのであれば、あなた自身が幸せでいてください。

あなたの幸せな姿を見せてあげてください。

病気の人に、健康なあなたの姿を見せてあげてください。

健康になればこんなに楽しく人生を過ごすことが出来ますよ・・

と見せてあげてください。

もしその人があなたのような健康な人生を送りたいと思うならば、

自分から積極的に健康になるように思考します・・

そうすれば、病気は治ります。

でも、病人という被害者の立場を続けたいと思うならば、

病気は治りません。

それはその人が選ぶことなので

あなたは何もすることは出来ません。

(あなた達は、病人が可哀そう、傷つく、うらやましがる、から、

病人の前では楽しそうにしてはダメですというような

考え方をしているみたいですけど、それはまったく反対です。)


話がそれてしまいましたが、誰かを幸せにしたいと思うなら

あなたが幸せでいてください。

楽しく、ご機嫌さんで生きて欲しいと思うならば、

あなたが楽しく、ご機嫌さんでいてください。

見ることが出来れば、思考することが出来ます。

楽しく、ご機嫌さんな現実をイメージすることが出来るのです。

イメージすることが出来れば、それを現実にすることが出来るのです。

分かりますか?

同情ではなく、見せてあげてください。

楽しく、ご機嫌さんで生きているあなたを見て、

そうなりたいとイメージする事で、

その人もそれを現実とすることが出来るのです。

ただし、そういう現実を体験したいと思うか、思わないかは

その人の自由だということを忘れないでくださいね。

どんな現実を体験しようとも、

それはその人の選択であり、自由なのですから。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう、アシュタール!



★☆★☆★転載終わり★☆★☆★


本ブログで転載・紹介するアシュタールのメッセージのリストはこちらをご参照ください。

【転載元】
破・常識 あつしの歴史ドラマ ブログ!(http://5am5.blog.fc2.com/)より
それはその人の選択であり自由byアシュタール(http://5am5.blog.fc2.com/blog-entry-1976.html)
ミナミAアシュタール(https://www.youtube.com/channel/UCY8lDHJqxoyt06VjUXhk4QQ)より
vol. 787 それはその人の選択であり自由(https://youtu.be/IYwGL7qwtP4?si=8zDxoO8N25eNl9op)

この記事はミナミAアシュタールより承認を得て転載しており、この記事からの他への転載は禁止になっております。記事使用ご希望の方は直接、ミナミAアシュタールより承認を得ていただければと思います。M-T-Y59


できました!
ありがとうございます!
感謝します!

p.s.ブログランキング参加中!いつもご協力ありがとうございます!!

この記事に関連する記事一覧

コメントフォーム

名前

メールアドレス

URL

コメント

トラックバックURL: 

ページの先頭へ